とある科学の超電磁砲

第四記
2008年10月から2009年3月までの2クールにわたって放送された「とある魔術の禁書目録」のスピンオフ
とある科学の超電磁砲
前者は展開があまりに脈絡がなかった上、主人公上条当麻の売りである理屈こねの説教について行けず、
ゼロの使い魔」「灼眼のシャナ」と続いた個人的ラノベブームを断罪する、ある意味記念碑的な作品になった訳だが、作画は文句なしだし、阿部敦井口裕香がキャリアを積めたのでよかったとおもう。
というかギャルゲーのそれと同じで優柔不断でピンチの時は正当派なモテ男な上条のキャラって成立する意味が分からないのだが…


このような印象を持っていたので、レールガンも最後まで視られるか不安だったが、
下手な物語を汲むよりも一話完結の日常描写になっていることで作品の世界観がスマートになって、断然視る意欲がわいた。
特にOPの黒子のテレポーテーションや美琴のレールガンがかっこいい。
アニラジで収録はシリアスな展開になっていると話していたが、インデックスの荒唐無稽シナリオに陥らなければいいのだけれど。


もう今年も四分の三が過ぎてしまったがここまでを振り返ってみると今年のアニメはブームに踊らされた影響なのか、新規参入と本数が激増した分、ギャルゲー、ラノベ原作からのテンプレ作品ばかりで辟易とした。
それを見越してかテンプレをパロディにしたものも出てきているけど。

そんな中なのはやザムド、NHKではCCサクラ、プラテネスなどの再放送作品がおもしろい。
来年辺りにはブームも過ぎると思われるので、政府からの手入れがあるのではと一抹の不安を覚える。


テンプレは元々価値を持っていたモノではなく、最も共通する価値の形式がテンプレになったに過ぎない。したがってテンプレのパロディは形式に価値が宿るという認識の倒錯を前提にしており興味深い。
パロディの本質はメタファーだがそれは価値認識がコトからモノへと移行する際に起こる摩擦のような
ものだと思う。
しかしながら建築は常にモノとコトの往復運動の中にあり、一概に形式=価値の式は否定できず、
逃げ道としてパロディは使えないと自身では考えている。


明日の抱負
早起き Revenge